よもやま話巻の弐
祝詞の現代語訳
やっと完成しました。現代人的にアレンジしてありますので、味わい深くお読みいただけることと思います。
収録祝詞
祓詞(はらえことば) 大祓詞(おおはらへのことば) 祖霊拝詞(それいはいし) 神棚拝詞(かみだなはいし) 神社拝詞(じんじゃはいし)
唱え方
唱え方は専門の神職さんの手ほどきが必要ですが、今は自己流でもかまいません。特に大祓詞を奏上する時、私の場合は、少し意識して(息継ぎの関係上誰もが早口になり勝ち)ゆっくりと、変な抑揚はなるべくつけず、発音は明瞭に、息の続く所までよどみなく唱え、途切れ途切れにならないように息継ぎはすばやくと心がけております。大勢で唱える場合、息継ぎはめいめいで任意に行い全体としては途切れる事無く一本の流れとして淀みなく続くように唱えます。なお、ほかの祝詞は中途半端にならなければ、区切り、息継ぎともに自由です。しかし早口にならないように(普段話す言葉より少しゆっくり)、一語一語はっきりと丁寧に意識して唱えてください。出だしは少しゆっくりと、「恐み恐みも白さく」を過ぎて少しペースを上げます。特に最後の「恐み恐みも白す」は「か し こ み か し こ み も まお〜す〜」とさらにゆっくりとお唱えになると味わい深くなります。
唱えることの意義
古来より、特に大祓詞(おおはらえのことば)にはその唱えている時の言葉の響き(言霊)そのものに穢れを祓うものすごい霊力が有ると信じられて来ました。私も実感する事が有ります。こんな素晴らしい祝詞を自ら唱えられる人が沢山増えれば良いと、そして、皆さんの災難を防ぐ力が少しでも高まったら、この世も少しは明るくなるのではと期待しております。
希望者には、オリジナルのテープと祝詞集、解説書、神札、御守 合計3,000円+500円(荷造り送料実費)にてお頒け致します。
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収録祝詞 祓詞 大祓詞 祖霊拝詞 神棚拝詞 神社拝詞
注:漢字仮名交じり文の上にひらがなばかりで書かれている文章は実際の発音を表します。区切りは2行にわたらないようにしたもので、適当なものです。
しかし、この意訳はまだ誰も試みる事が無かった斬新なものであると、自負しております。いわば超訳とでもいうものです。「初めて大祓詞の意味が手にとるようにわかった」との体験談も多多寄せられております。
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拝聴できます(できれば、お口とお手を洗い少し頭をお下げください)
祓詞 掛まくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊祓へ給ひし時に成りませる祓戸大神等諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐み恐も白す |
意訳
口に出してお名前を申し上げるのも恐れ多いイザナギノ大神が、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊祓えなされた時にお生まれになった祓戸大神等よ、もし諸諸の禍事や罪穢れがあるならば、お祓い下さいお清め下さいと申し上げる事をお聞き届けくださいと恐れ多くも申し上げます。
大祓詞
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意訳(あくまでも完訳は不可能です。 古事記 日本書紀に典拠をおき、ストーリー性に重点をおいた試みの訳です。しかし、初めて大祓詞の意味がわかりましたと言われる人がたくさんおられます)
意味をとらえる時注意する点
最初の頃、本文と意訳はあくまでも独立した一つの文章として、別々に向き合うようにしてください。決して逐語訳は、試みない事。私の訳はあくまでも全体の内容と真髄を把握していただくために、そのような構成にはなっておりません。私もかなり逐語訳、直訳を試みましたが、誰もがわかる現代語訳は不可能だとあきらめました。大祓詞の悠久の時を奏でる、とうとうとした調べは、なんとも言いがたい厳かさがあります。しかし、これを文章として取り扱った場合、本来祈りの言葉でありますので、祈りの言葉としてのダイナミズムは人を圧倒するものがありますが、単なる文章として扱った場合、具体的な事物の記述は極限まで削ぎ落とされ、そのまま訳したのでは現代の私たちにはさっぱりわからなくなってしまいます。もちろん、大昔の人は古事記日本書紀の神代史に親しんでいたのでそんな必要性も感じなかったのでしょう。しかし、我々現代人は、一応の知識と理解を求めたくなるものです。そんな必要性に応じて、あくまでも全体の流れを把握していただくために作った恐らく初めての訳文であると思います。
特に、ある程度大祓詞をそらんじられているお方こそ、ひとまず本文を置いて、現代語意訳を三度程お読みください。かならず、なるほどと気づかれる事が多いと思います。
前段
高天原におられる、皇室の御祖先のカムロギノ命(高御産霊神たかみむすびのかみ)カムロミノ命(神産霊神かみむすびのかみ)のご命令で、八百万の神等を天の安の河原に御集めになり、大国主命の国譲りの件、天孫ニニギノ命の豊葦原瑞穂の国(日本)への御降臨の件などが議題としてあげられ、真剣な話し合いがなされた結果、大国主命は国を譲る事を快諾せられ、ニニギノ命の祖母の天照大神は「吾が天孫、ニニギノ命は、子々孫々にわたってこの日本の国を平和な国になるように真剣に御統治なさい」とお任せになられた。
しかし、その時点においてもなお、お任せになられたとはいえ、国内には命令に従わない、数多くの荒々しい神様等が居られたので、ある時は説得にあたり、それでも御従いになられない場合は、実力行使で排斥する行為にも出られた。その結果、人間のように言葉をしゃべる、岩石、樹木、はたまた、至る所に生い茂る雑草の一枚一枚の葉っぱまでもが、やかましくしゃべっていたのが、口を閉ざしておとなしく命令に従うようになった。(そのくらい騒がしかった)
そこで、ニニギノ命は、天の玉座をお立ちになり、沢山のお供をお従えになられて、幾重にも折り重なった分厚い雲を、激しい勢いで、お掻き分けに掻き分けられて、日向の高千穂の峰に天降りになられた。
このようにして、天降りになられた、日本の国の四方八方隅々に至る迄、平和が行き届くよう心を配られて御統治に当られ、そのために、命の政治拠点として、宮殿建設の計画が立てられた。この宮殿は、土を掘り穿った岩盤に、太い柱をどっしりと建て、また屋根にそびえる千木は雲にその先を突っ込んでいると思われるくらい、高々と聳え立つ、とても立派な宮殿であった。
その宮殿の中で、命は朝も夜も、昼夜を問わず御政務に、御祭祀にとお励みになられた結果、国内の政治は安定し、産業は目覚しく発展し、出産ブームに沸き立ち、沢山の子供が生まれ人口は飛躍的に増加の一途を辿ったが、その反面、犯罪を犯すもの、争いを起こすものが増え社会問題にまで、発展した。その犯罪の種類は、自然破壊の罪、人倫の規範を破る罪など数限りないトラブルであった。それらの大量発生は、朝廷政治の大きな悩みの種に成りつつあった。
このように、さまざまの犯罪が発生したので天津神は救いの手を差し伸べられた。その方法とは、天上界で執り行われる儀式にのっとって、天津金木(神聖な硬い木)の本や末を切断し、沢山の置物の上に並べ、天津菅麻の本と末を刈り断って、沢山の針のように裂いて、天津祝詞の太祝詞を奏上しなさい。と高々と宣言がなされました。
ちょっと一息
天津祝詞の伝(未だ確定されたるものは無し)
(天津祝詞は、 ト ホ カ ミ エ ミ タ メや
カミナガラ(10反 一息で繰り返す)や
アジマリカム(10反 一息で繰り返す)や
天承享佑(てんしょうきょうゆう)の儘(じん)に吾が皇御孫命(すめみまのみこと)の見遥かします四方(よも)の御殿(みあらか)安らけく、心平かに天輝し、國輝し、厳(いか)しく敷き坐す、珍(うま)し八束穂(やつかほ)の稔りの栄ゆ百々國(ももくに)と、諸々 災(やま)しき禍事罪科汚(まがごとつみとがけが)れともなも祓いおはし尽し給いて、直日(なおひ)まさしく道すぐない、狭(さけ)きは広く、峡(さか)しきは平げく遠きは八十綱(やそつな)を盛り掛けて、つくりめづらひ給え
ウラサミホノ シズヤシノ ナノラサネ ソラツミ キミノ エシヤ エシ 高天原ナグリ ナヤサ など諸説あり。あくまでも一つの説であり確定しがたい。定説が有ると断言するのは誤り。古来よりこの部分は空白。むしろ、大祓詞全体を天津祝詞の太祝詞事とする説が有力
それに習い、神社神道では無言のまま一呼吸おく。)
天津罪国津罪について
天津罪 畦放ち(あはなち) 溝埋め(みぞうめ) 樋放ち(ひはなち) 頻蒔き(しきまき) 串刺し(くしざし) 生剥ぎ(いきはぎ) 逆剥ぎ(さかはぎ) 屎戸(くそへ)
国津罪 生膚断(いきはだだち) 死膚断(しにはだだち) 白人(しらひと) 胡久美(こくみ) 己が母犯せる罪(おのがははおかせるつみ) 己が子犯せる罪(おのがこおかせるつみ) 母と子を犯せる罪(ははとこをおかせるつみ) 子と母犯せる罪(ことははをおかせるつみ) 畜犯せる罪(けものおかせるつみ) 昆虫の災い(はうむしのわざわい) 高つ神の災い(たかつかみのわざわい) 高つ鳥の災い(たかつとりのわざわい) 畜仆し(けものたおし) 蠱物為る罪(まじものせるつみ)
犯罪の傾向は時代とともに推移するものである。 1500年前の常識を現代に持ってきても、しっくりとこない。そこで、流動的に解釈するものとして中臣大祓にあった、天津罪、国津罪の段は現在は省略されている。がしかし、幼児虐待、家庭内暴力、動物虐待など今でも通用する事柄も含まれている。皆さんとじっくり話し合いをしたい。しかし、何の根拠も無く、天津祝詞、天津罪、国津罪を省いている今の大祓詞は不完全とする説が俗神道家から言われるが、確たる証拠も無いむなしい論説に終始している。 笑い話 「お前なんかに教えない」 何人から言われた事か、耳にたこが出来ます。よく言われてきましたが、そんなに大事な事なら大いに言いなさい。という気持ちです。でも、やりたい人は好きにやっていただいて結構です。
後段
このように奏上するならば、天津神は天の岩戸を押し開いて、天の八重雲を激しく掻き分けてお聞きくださるでしょう。国津神は高い山や低い山の頂上にお登りになられて、高い山低い山の庵を掻き分けてお聞きくださるでしょう。このようにお聞きくださいましたならば、もう罪という罪はこの世には存在しないのだと、偉大なる宣言がなされるでしょう。
丁度それは、高い山から吹き降ろす強風が分厚く幾重にも重なり、どんよりと垂れ込めた雲でさえ吹き飛ばしてしまうように、朝霧夕霧を朝風夕風が吹き飛ばしてしまうように、大きな港に停泊している大きな船の艫綱(ともづな)を解き、錨をあげて大海原へ押し放ってしまうように、向こう岸に生い茂っている沢山の樹木の根元を充分に焼きを入れた鋭い鎌で伐採し尽くしてしまうように、もう残っている罪は無いのだよと、祓いに祓い、清めに清められるでしょう。
そのお祓いになられた罪穢れを、高い山や低い山の頂上から、ごうごうという落下音を立てて盛んに水を落とし、流れている滝のある流れの速い川の上流にお住いのセオリツヒメと言う神様が、大海原に持って出てお行きになられるでしょう。
このように持って出てお行きになられたならば、激しい流れの寒流と暖流が幾重にもぶつかり合って大きな渦潮がいくつも生れるような荒海にお住いのハヤアキツヒメと言う神様ががぶがぶと飲み込まれておしまいになるでしょう。
このようにがぶがぶと飲み込まれてしまいましたら、生命の息吹が発生すると言う息吹戸にお住いのイブキドヌシと言う神様は、この世の根源の世界まで、激しく息吹き放っておしまいになられるでしょう。
このように息吹放っておしまいになられたならば、根源の世界にお住いの、ハヤサスラヒメと言う神様がどこか遥か彼方へ持ち去られ、さすがの罪穢れも失われてしまう事でしょう。
このように失われてしまったのだから、もうどこを探しても、罪という罪はことごとく存在しないのだと、このように祓え給い清め給えと申し上げます事を天津神国津神を始めとする、八百万の神様等お聞きくださいと申し上げます。
神道よもやま話巻の参
家庭における神様の祀りかた
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祖霊拝詞 此れの御霊舎に鎮まります言はまくも尊き何々家の遠津御祖代々の御祖等(辞別きても何某命)の御霊の御前に家主(家族何某)慎み敬ひも白さく遠津御祖等より代々生命は受け継がれ来たりて今此れの世に吾等家族の恙無く在りへる事は此れ専ら御祖等の御恩頼に依る事となも嬉み奉り辱み奉りつつ在り経るが中に更には御祖等の教へ諭し遺し給へる家訓の随随に各も各も持ち分くる職務を一向に果たしつつ仲睦まじく暮らし行く状を幽世ながらも見備はし坐して愛で給ひ慈しみ給ひて今も往先も弥遠永に守り導き幸はへ給へと慎み敬ひも白す |
意訳
この御霊舎に御鎮まりの初代の御先祖様、代々の御先祖様(特にお名前をおよび申上げるならば(何某命)の御霊)の御前に、家の主(家族何某)が慎み敬って申し上げますには
御先祖様たちから代々血筋を受け継いできまして、今現在私たち家族がこうして、病気も怪我も無く健康に暮らさせて頂いているのは、御先祖様たちのおかげであると嬉しくかたじけなく思っておりますが、更には御先祖様たちが私たちにお教え、諭され、お遺しになられた家訓そのままに、めいめいがそれぞれ自分の務めを一生懸命に果たして、けんかもする事無く、仲睦まじく暮らしていく有様をあの世からも、「よく頑張ってやっているぞ、立派だぞ」と、お慈しみください。そして、今までのように現在も未来も、変わる事無く永遠に守り導いて下さって、幸せに暮らして行けますようにと慎み敬って申し上げます。
神棚拝詞 此れの神床に鎮まり坐す掛けまくも畏き天照皇大神産土 神社の大神等又相殿に鎮まり坐す諸諸の大神等の大前に恐み恐みも白さく綾に尊き大神等の分霊の常も御側に坐し坐して見守り給ふ可く神札を斎ひ祀る事の由来は往古より受け継がれ来りし美しき伝統にして吾等も又「惟神霊幸へ坐せ」と日々心新たに拝み奉る状を愛ぐし美しと見備はし坐して大神等の大御稜威を更に輝かしめ給ひ今も往先も弥遠永に守り導き幸はへ給へと恐み恐みも白す |
意訳
ここの神棚にお祭りしてある、掛けまくも畏き天照大神様、産土 神社の大神様等、また一所にお祭りしてある諸々の大神様等の大前に恐れ多くも申し上げますには
とても尊い大神等の御分霊がいつも御側に居られて見守ってくださいますようにと願いを込めて、御札を受けて、神棚にお祭りすることの由来は大昔より受け継がれてきた美しい伝統でありまして、現代の私たちも、また「神の御心のままに幸せをお与えください」と日々心を新たに、お祈りする有様を「かわいいな〜、美しい行為だな〜」とご覧になられまして、以前にもまして、大神様等のその素晴らしいお力を私たちの上にお輝かしになられて、現在も未来も永遠に御守りください、お導き下さい、幸せをお与えくださいと、恐れ多くも申し上げます。
神社拝詞
掛けまくも畏き産土神社の大前に氏名何某 恐み恐みも白さく大神等の御恩頼を蒙り奉りて此の現世に生まれ出で自が職務を果たしつつ在る事を感謝び奉り辱み奉るが中に更には天津神國津神等の厳の霊験明けく輝かしめ給ひ天皇の大御代を厳し御世の満足御世と常磐に堅磐に守り給ひ幸はへ給ひて時の流れに迷ふ事無く怪しき災いに遭ふ事無く大神等の遺し給ひし正道を踏み行なわせ給ひて清浄き明き心と成し幸はへ給ひ世の為人の為に勤しみ励む状を愛ぐしと見備はし坐して今も往先も子孫の八十続五十樫八桑枝の如く家門高く広く立栄へしめ給へと恐み恐みも白す
意訳
掛けまくも畏き 神社の大前に 恐れ多くも申し上げますには、神様等のお恵みを受けて母の胎内に宿り、この地上に誕生させていただきましてより、今現在も自分の務めを果たさせて頂いております事を感謝し、かたじけなく思っておりますが、更に天津神様、国津神様等の素晴らしい御霊験をお輝かし下さいまして、特に天皇陛下の君臨なされているこの日本国の世の中を永遠の平和が続く磐石の世の中で、皆の心身もともに満ち足りた平和な時代となるようにお守りくださいますよう、国民が時代の流れに惑わされる事の無いように、変な事件に巻き込まれる事の無いように、大神様等がお遺しになられた正しい人生の道を踏み行なわせ下さって、清らかな心にお導き下さい。
そして、仕事を通じて世のため人のために、頑張っている姿をご覧になって、「よくやっているな〜、頑張っているな〜」と暖かい御心で見守りください。そして、現在も未来も、子孫が代々途絶える事無く続き、数多くの立派に聳え立つ樫の木がますます繁茂するように、数限りなく桑の木が枝を伸ばすように、この私の家をも含めて、益々繁栄させて下さいと、恐れ多くも申し上げます。
いかがでしたか。前のページの作法と合わせ、これだけ出来ればあなたも立派な日本文化の継承者です。おめでとうございます。
神道よもやま話巻の参
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